top of page
  • MIKA

「プラティヤハーラ」=「制感」について


ただいま日本一時帰国にて、3週間ほどの夏休みをいただいています。

いつもなんだかんだとバタバタと忙しい日本滞在ですが、今回は極力予定を入れないで、今年15歳を迎える愛犬(♀)との時間を優先してます。

インドの生活と比較するとそれはもう何もかもが雲泥の差ではありますが、どちらを基準にするかだけで、どちらが是か非なのかのを評価しても起きていることや在るもの自体は何も変わりません。

言葉も感覚も人間のつくる勝手な概念にしかすぎないな、とそれぞれの国のあるがままを実生活を通して感じています。

心のフィルターを通さずに、感じるものをそのまま受け正しく解くことにエネルギーを使うことで、余計なことに無駄に頭を使うことが自然になくなると、感覚がより冴えます。

また、利己的な欲や頭だけで考えてつくったアイデアのほとんどは具現化されることなく儚く消えるもの。

良くも悪くも結果、全てはパーフェクトですね。

今日は、ヨガの8支則にある「プラティヤハーラ」=「制感」について少しまとめます。

「制感」とは、感覚の制御のこと。

ここで言う感覚は、私たち人間に備わる視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の「五感」のこと。

この肉体の感覚を通して、心は動きます。

心は体に大きく影響されており、その逆も然り。

物理的なものにより、私たちの心は常に左右されています。

五感は喜怒哀楽の五情と密接に関わりあっているということです。

生きている以上、この感情をなくすことはできません。

「制御する」ということは、感情を持たないとか、感情を消すということではありません。

ただ、大きく動く心の波を穏やかにすることはできます。

それは、自己のコントロールによって「対象物から心を引き離す」という作業によって敵います。

反応し、判断する心に振り回されないで、内外で起きている事をただ観ることです。

例えば、何かを聞いて動揺したり、怒って我を失ったり、また一起きた一つの事象に喜一憂したり悲しんだりするのは、アハンカーラ(自我)に支配されてる証拠です。

何かを見たり聞いたり起きたことに、何かを感じそこから生じる心が動き反応したり判断する。

そこから更に、ああだこうだと一人歩きし乱れる心。

自分の感情に振り回された後の虚しさや、苦しさによって、人間関係を複雑にしたり